サッカー2026ワールドカップで世界中が盛り上がる今、改めて気になる疑問があります。
なぜ、サッカー日本代表のユニフォームは“青”なのでしょうか。

【JFA 公式サイトより】
日本の国旗は赤と白です。野球、バレーボール、ラグビーなど、他の日本代表チームでは、赤や白を基調としたユニフォームも多く見られます。
それにもかかわらず、サッカー日本代表は「SAMURAI BLUE」と呼ばれ、青が象徴的な色として定着しています。
今回は、その「サムライブルー」をきっかけに、日本における青、世界における青、そしてジーンズを象徴するインディゴブルーまで、ジーンズメーカーであるボブソンならではの視点で、青という色の歴史をたどってみたいと思います。
サッカー日本代表はいつから青だったのか
サッカー日本代表のユニフォームが青だった歴史は、今からおよそ100年前にさかのぼります。
1930年、東京で開催された第9回極東選手権大会。
この大会で、サッカー日本代表はライトブルーのシャツを着用していたと言われています。

【イメージ】
当時の日本代表の中心には、東京帝国大学、現在の東京大学の選手たちがいました。
そのため、東京帝国大学のチームカラーであった「ライトブルー」が、日本代表のユニフォームカラーに採用されたのではないか、という説があります。
一方で、元日本サッカー協会副会長であった田辺氏の昔の資料には、日本代表の青について「国旗を囲む全体を海と見て青色にした」という趣旨の記述もあります。
日本は海に囲まれた島国です。
日の丸を囲む海の色として、ユニフォームに青が使われたという考え方です。
つまり、サッカー日本代表の青には、東京帝国大学のライトブルーという歴史的背景と、日本を囲む海を表す色という象徴的な意味、その両方が重なっているように見えます。
日本代表はずっと青だったわけではない
ただし、日本代表のユニフォームがこの100年間、常に青だったわけではありません。
一時期、日本の国旗に合わせて、赤と白を基調としたユニフォームに変更されたこともありました。
「なぜ日本代表なのに青なのか。国旗の色である赤と白にするべきではないか」という議論があったからです。
しかし、その時代の戦績が余る振るわず、結局はユニフォームは再び青に戻ります。
そして、青は少しずつ日本代表のイメージとして定着していきました。
2006年には「SAMURAI BLUE」という呼称が使われるようになり、現在では日本代表といえば青、サッカー日本代表といえばサムライブルー、というイメージが多くの人に共有されています。
日本人にとって青は身近な色だった
サッカー日本代表の青は、現代のスポーツ文化の中で定着した色です。
しかし、そもそも青という色は、日本人にとって古くから馴染み深い色でもありました。
その代表的なものが、藍染めです。
特に徳島県で発展した阿波藍は、日本の藍染め文化を語るうえで欠かせない存在です。
藍染めの技術は長い時間をかけて磨かれ、藍で染められた衣服は日本各地に広がっていきました。

江戸時代の日本では、藍染めの衣服が広く使われていたと言われています。
海外から日本を訪れた人々が、日本人のまとっていた青い衣服を見て、その美しさを「ジャパンブルー」と称賛したという話も残っています。
また、日本には「褐色(かちいろ)」という濃い藍色もあります。
現在の感覚でいう茶色ではなく、黒に近いほど深く染めた藍色です。
この「かちいろ」は、「勝ち」に通じる縁起のよい色として、武士にも好まれたと言われています。
さらに、日清戦争や日露戦争の時代にも、濃紺が「軍勝色」と呼ばれたという説があります。

【日清・日露戦争期の日本軍を描いた錦絵】
青は、日本において単なる色ではありませんでした。
藍の色であり、暮らしの色であり、勝利を願う色でもあったのです。
ヨーロッパでは青は嫌われた色だった?
一方で、世界に目を向けると、青の見られ方は時代によって大きく変わってきました。
現在の私たちは、青に対して爽やかさ、誠実さ、知性、清潔感といったイメージを持ちます。
しかし、古代ヨーロッパでは、青は必ずしも好まれる色ではありませんでした。
古代ローマの人々にとって、青は異質なものと結びつく色でもありました。
北方の異民族、異教徒、ローマに攻め込んできたガリア人やゲルマン系の人々。
彼らの青い瞳や、青く染められた身体、派手な衣服のイメージが、ローマ人にとっては不気味さや恐怖と結びついていたとも言われます。
また、青は死や地獄のイメージと結びつけられることもありました。
今のように「美しい色」「高貴な色」として受け止められるまでには、長い時間が必要だったのです。
青を高貴な色に変えた聖母マリアのマント
青の歴史に大きな転機が訪れたのは、中世ヨーロッパでした。
特に重要なのが、聖母マリアの絵画です。
12世紀ごろから、聖母マリアのマントに鮮やかな青が使われるようになり、青という色のイメージは大きく変わっていきました。

フィリップ・ド・シャンパーニュ《悲しみの聖母》
それまで青は、必ずしも高貴な色ではありませんでした。
しかし、聖母マリアという神聖な存在に青が使われたことで、青は一気に特別な色として受け止められるようになります。
なぜ青が使われたのか。
その理由の一つには、当時の青い顔料が非常に希少で高価だったことがあります。
希少で高価な絵の具を使うことで、聖母マリアの絵画そのものをより価値あるものにする。
そのような意図から、青が選ばれたとも考えられます。
結果として、青は聖なる色、高貴な色、美しい色として評価されるようになりました。
やがて青は王侯貴族にも愛され、さらに一般の人々の衣服や生活にも広がっていきます。
今、私たちが青に対して抱く「上品」「知的」「清潔」といったイメージは、こうした長い歴史の積み重ねの上にあるのかもしれません。
なぜジーンズは青いのか
最後に、ボブソンにとって最も身近な青。
ジーンズのインディゴブルーについて考えてみます。
ジーンズの原点は、アメリカのゴールドラッシュ時代の作業服にあります。
金鉱で働く人々にとって必要だったのは、丈夫で、破れにくく、汚れが目立ちにくい服でした。
ジーンズの起源については、「テントや帆布のような丈夫な生地を使った」という話もよく語られます。
重要なのは、ジーンズがもともと労働者のための実用的な服だったということです。
では、なぜその作業服が青く染められたのでしょうか。
一つには、天然の藍染めに防虫効果があると考えられていたという説があります。
また、青に染めることで汚れが目立ちにくくなるという実用的なメリットもありました。
そして何より、インディゴで染められたデニムは、穿き込むほどに色が落ち、その人だけの表情へと変化していきます。
新品のときの深い青。
働き、歩き、座り、暮らす中で少しずつ生まれる色落ち。
一本のジーンズに、その人の時間が刻まれていく。
これこそが、ジーンズの青が多くの人に愛されてきた理由の一つではないでしょうか。
サッカー、歴史、ファッションは“青”でつながっている
サッカー日本代表の青。
日本の藍染め。
ヨーロッパで高貴な色となった青。
そして、ジーンズを象徴するインディゴブルー。
一見すると別々に見える世界も、“青”という色を通して見ると、不思議なほど一本の線でつながっていきます。
青は、ただの色ではありません。
ある時代には恐れられ、ある時代には祈りの色となり、ある時代には勝利の色となり、そしてある時代には労働者の服を象徴する色となりました。
次にサッカー日本代表のサムライブルーを見たとき。
そして、ジーンズのインディゴブルーを見たとき。
その青の奥にある歴史や文化にも、少しだけ思いを巡らせていただけたら嬉しいです。
参考資料
・『色の物語 青 BLUE』
・『青の図鑑』